ちょうどKが、まだ明りのともっていない紳士荘のところまできたとき、二階の窓の一つが開いて、毛皮の上衣を着た一人の若い、ふとった、髭をさっぱりとそった男が、窓から身体を乗り出し、それから窓辺に立ちどまっていた。Kの挨拶に対して、ほんの軽いうなずきで答えることもしない様子だった。玄関口でも酒場でも、Kはだれとも出会わなかった。変質してしまったビールのにおいは、この前よりひどかったが、こんなことはきっと〈橋亭〉では起こらない。Kはすぐさま、この前のときクラムをのぞき見したドアのところへいき、用心深くハンドルを廻したが、ドアには鍵がかかっていた。それから彼は、のぞき孔(あな)があった場所を手探りしようとしたが、木の栓(せん)がとてもうまくはまっているらしく、その場所をこんなやりかたでは発見できなかった。そこでマッチをつけてみた。すると、叫び声にびっくりさせられた。ドアと配膳台とのあいだの片隅の、ストーブの近くに、一人の娘がうずくまって、マッチの光に照らされ、やっと見開いたねぼけ眼で彼を見つめていた。それはフリーダのあとにきた女の子らしかった。娘はすぐ落ちつきを取りもどし、電燈をつけた。娘の表情は、Kだとわかったときにも、まだ怒ったようだった。
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