フランツ・カフカ 城 

「明りなんかつけておくことはないわ」と、ペーピーはいって、光をふたたび消した。「ただあなたがあんまり驚いたので、電燈をつけただけなのよ。ところでここにどんな用があるの? フリーダが何か忘れたの?」
「ええ」と、Kはいって、ドアを指さした。「この隣りの部屋に白い編んだテーブル・クロスを忘れたんです」
「ああ、あの人のテーブル・クロスね」と、ペーピーはいった。「思い出したわ。りっぱな細工ものね。それをつくるときあたしも手伝ったわ。でもこの部屋にはきっとないわよ」
「フリーダがあるはずだと思っているんですよ。いったいここにはだれがいるんです?」
「だれもいないわ」と、ペーピーがいう。「ここは城の人たちの部屋で、ここで城の人たちが飲み食いするのよ。つまり、そういうことのためにきめられているんです。でも、たいていの人たちは上の部屋にこもりきりでいるんです」
「もし」と、Kはいった。「今、隣りにだれもいないとわかっているなら、入っていって、テーブル・クロスを探したいんですがね。でも、それはたしかじゃない。たとえばクラムはしょっちゅうそこに坐っているね」
「クラムは今はそこにはいないはずよ」と、ペーピーはいった。「あの人はすぐに出かけていくんです。そりがもう内庭で待っていたわ」
 すぐさま、一こともことわりをいわないで、Kは酒場を出て、玄関で出口のほうへはいかずに、建物の内部へ向って入っていき、何歩と歩かないうちに内庭に達した。ここはなんと静かで、きれいだろう! 四角の内庭で、三方は建物に接し、通りに面しては――Kの知らない通りであった――大きな重そうな、今開いている門のついた高い白塀に接していた。内庭の側のここでは、建物は前面より高いように見えた。少なくとも二階は総二階につくられていて、前面よりもりっぱな外観をもっている。というのは、二階は目の高さの小さなすきまを除いては、木製の回廊がぐるりと取り巻いているのだった。Kの斜め前には、まだ中央の棟(むね)にはあるのだが、向う側にある翼の棟がつながる角になっているところに、建物の入口があって、ドアもなく、開いたままになっていた。その前には黒い、ドアを閉めた二頭立てのそりがあった。今この黄昏(たそがれ)のなかでKが離れた場所から見て馭者(ぎょしゃ)だろうと想像したのだが、その馭者を除いて、だれ一人見うけられる人影はなかった。



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