「それなら、むしろここで待っていて会えないほうがいいです」と、Kは反抗的にいった。この若い紳士の言葉だけではきっとここから黙って追い立てられはしないぞといわんばかりの様子だ。
それを聞いて紳士のほうは、のけぞらせた顔にふんというような表情を浮かべ、ちょっとのあいだ眼を閉じた。まるで、Kのものわかりの悪さから自分の理性へもどろうとするかのような調子だ。そして、人差指で少し開けた口の唇のまわりをなでていたが、次に馭者に向っていった。
「馬をはずしてくれ」
馭者は、紳士のいうことは従順に聞くのだが、Kには意地の悪い横眼づかいをしながら、今度は毛皮にくるまったまま馭者台を降りなければならなかった。そして、まるで紳士からは命令の変更は期待しないが、Kが考えを変えることを期待しているかのように、ひどくためらいながら、そりのついている馬をうしろの翼になっている棟(むね)の近くまでつれていき始めた。その棟の大きな門のうしろに、馬小屋と車置場とがあるらしかった。Kは自分だけが取り残されていることに気づいた。一方の側ではそりが遠ざかっていった。もう一方の側の、Kがやってきた道では、若い紳士のほうが遠ざかっていった。といっても両方ともひどくゆっくりと去っていくので、まるでKに対して、まだ自分たちを引きもどす力がお前にはあるのだ、ということを見せつけようとしているようであった。
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