フランツ・カフカ 城 

第九章


 そこで彼は思いきってその場を去り、建物のなかへもどった。今度は塀沿いにではなく、内庭のまんなかの雪のなかをいった。玄関で亭主に出会った。亭主は無言のまま会釈(えしゃく)し、酒場のドアを指さした。その合図に従った。寒さに凍(こご)えていたし、人間に会いたかったからだ。ところが、ひどく落胆した。というのは、酒場では特別に置かれた小さなテーブル(ふだんはそこでは樽(たる)で間に合わせているのだ)のところに、さっきの若い紳士が坐り、彼の前には――Kにとっては気のめいる光景だった――橋亭のおかみが立っているのを見たからだった。ペーピーが、誇らしげに、頭をのけぞらせ、いつでも変わらない微笑を浮かべ、自分の品位を抗(あら)がいがたく意識し、身体の向きを変えるたびにお下げを振りながら、あちこちと早足で歩き廻り、ビールをもってきて、つぎにインクとペンとをもってきた。というのは、例の紳士が書類を前に拡げ、その書類の日付を見、次にまたテーブルのもう一方のはしにある書類の日付を見て、両者を比べ合わせ、それから何か書こうとしたのだった。おかみは高いところから、少し唇をそっくり返し、身体を休めているような態度で、静かに紳士と書類とを見下ろしていたが、もう必要なことは全部いってしまい、それがうまく受け入れられたとでもいうような様子だった。



この本を、全文縦書きブラウザで読むにはこちらをクリックしてください。
【明かりの本】のトップページはこちら

 
 
 
以下の「読んだボタン」を押してツイッターやFacebookを本棚がわりに使えます。
ボタンを押すと、友人にこの本をシェアできます。
↓↓↓ 

Facebook Twitter Email
facebooktwittergoogle_plusredditpinterestlinkedinmailby feather

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">