フランツ・カフカ 城 

「測量技師さん、もうお帰りですか」と、彼はいった。
「それを変だと思うんですか」と、Kはたずねた。
「ええ」と、亭主はいった。「いったい、あなたは事情聴取を受けないんですか」
「そうだよ」と、Kはいった。「聴取なんか黙って受けていなかったよ」
「なぜ受けないんですか」と、亭主がたずねた。
「私にはわからないんだ」と、Kはいった。「なぜ私が黙って事情聴取なんか受けなければならないのか、またなぜ冗談とか、あるいは役所の気まぐれなんかに従わなければならないのかがね。おそらく別なときになら、冗談か気まぐれかに事情聴取をしてもらうかもしれないけれど、きょうはだめだよ」
「そりゃあ、そうですとも」と、亭主はいったが、それはただ儀礼の上の同意で、けっして確信のある同意ではなかった。「もう、あの人に使われている連中を酒場に入れてやらなければなりません」と、つぎに彼はいった。「もうとっくにその時間です。ただ事情聴取のじゃまをすまいと思っただけなんです」
「そんなに重要なことと思っているのかい?」と、Kはたずねた。
「ええ、そうですとも」と、亭主はいった。「それじゃあ、ことわってはいけなかったんだね」と、Kはいった。
「いけなかったんですよ」と、亭主がいう。「そんなことはしてはいけなかったんですよ」
 Kが黙っているんで、Kを慰めようとしてか、それとも早くこの場を去らせようとしてか、ともかく亭主はつけ加えていった。
「でもまあ、そのためにすぐ天から硫黄(いおう)が降ってくるわけでもありませんやね」
「そんなことはないさ」と、Kはいった。「そんな天気にも見えないからね」
 そして、二人は笑いながら別れた。






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