ビクトル・ユーゴー レ・ミゼラブル 第二部 コゼット


     一 修道院へはいる手段

 ジャン・ヴァルジャンがフォーシュルヴァンのいわゆる「天から落ち」こんできたのは、前述のような家の中へであった。

 彼はポロンソー街の角(かど)をなしてる庭の壁を乗り越えたのだった。ま夜中に彼が聞いた天使たちの賛美歌は、修道女らが歌う朝の祈りであった。彼が暗闇(くらやみ)のうちにのぞき見た広間は、礼拝堂であった。彼が床(ゆか)の上に横たわってるのを見た幽霊は、贖罪(しょくざい)をなしてる修道女であった。彼がいぶかり驚いた音をたててた鈴は、フォーシュルヴァン爺(じい)さんの膝についてる庭番の鈴であった。

 コゼットを寝かすと、前に言ったとおりジャン・ヴァルジャンとフォーシュルヴァンとは、一杯の葡萄酒(ぶどうしゅ)と一片のチーズとを、よく燃える薪(まき)の火にあたりながら味わった。それから、その小屋の中にあるただ一つの寝台にはコゼットが寝ていたので、彼らはそれぞれ藁束(わらたば)の上に横になった。目をふさぐ前にジャン・ヴァルジャンは言った、「これから私はここに置いてもらわなくてはならない。」その言葉が、終夜フォーシュルヴァンの頭の中から去らなかった。

 実を言えば、二人とも眠れはしなかったのである。

 ジャン・ヴァルジャンは、見破られてジャヴェルから跡をつけられてることを感じていて、もしパリーの中へ出ていったら自分とコゼットとの破滅をきたすということがわかっていた。新たに吹きつけてきた一陣の風によってその修道院に投げ込まれたことであるから、もはやそこに止まろうという一つの考えしか持っていなかった。しかるに、彼のような地位にある不幸な者にとっては、その修道院は同時に最も危険なまた最も安全な場所だった。最も危険だというのは、いかなる男もそこへははいることができないので、もし見付かったら現行犯となり、しかもジャン・ヴァルジャンにとってはその修道院から牢獄まではただ一歩を余すのみだったからである。最も安全だというのは、もしそこに許されて止まることができたら、だれからもさがしにこられる憂いがなかったからである。不可能の場所に住むこと、それが安全の策であった。

 フォーシュルヴァンの方では、しきりに頭を悩ましていた。彼はまず、少しも訳がわからぬことを自ら認めた。あの高い壁にかこまれているのに、どうしてマドレーヌ氏がはいってきたのだろう。この修道院の壁は乗り越せるものではない。それにどうして子供を連れてはいってきたのだろう。腕に子供をかかえてつき立った壁を攀(よじ)登れるものではない。またあの子供は何者だろう。二人はいったいどこからきたのだろう。フォーシュルヴァンはその修道院にはいっていらい、モントルイュ・スュール・メールのことについては何の噂(うわさ)も聞かず、そこに起こったことを少しも知っていなかった。と言って、マドレーヌ氏の様子は事情を尋ねるのも気の毒なほどだった。その上フォーシュルヴァンは自ら言った、「聖者に何かと尋ねるものではない。」マドレーヌ氏は彼の目から見れば、まだりっぱな人であった。ただ、ジャン・ヴァルジャンの口からもれた数語によって、庭番は次のことが推察できるように思った。すなわち、マドレーヌ氏はおそらくこの困難な時勢のために破産に陥ったのであろう、そして債権者どもから追い回されてるのであろう、あるいはまた、何か政治上の事件に関係して、身を隠そうとしてるのかも知れない。そしてこの考えはフォーシュルヴァンの気に入った。彼は北方の多くの農民と同じく、古くからのボナパルト派だったからである。身を隠そうとして、マドレーヌ氏はこの修道院を避難所と定めたのであろう、そして彼がここにとどまりたいというのは当然なことである。けれども、フォーシュルヴァンが絶えず思い出して頭を悩ました不可解なことは、マドレーヌ氏が庭の中にいたこと、しかも子供といっしょにいたことであった。フォーシュルヴァンは二人を目で見、二人を手でさわり、二人に話しかけたのだが、それでもなお夢のような気がしていた。その不可解事は、今や彼の小屋の中まではいり込んできた。彼は種々想像をめぐらしてみた。そしてただ「マドレーヌ氏は自分の生命の親である」ということきり何もはっきりしたことはわからなかった。けれどもその確かな一事で十分だった。それで彼は心を定めた。彼はひそかに考えた、「こんどは自分の番だ。」そして心のうちでつけ加えた、「私を引き出すため車の下にはいり込むのにマドレーヌ氏は種々考えてみはしなかったんだ。」彼はマドレーヌ氏を助けようと決心した。

 それでもなお彼は、いろいろと自問自答した。「私にあれだけのことをしてくれたが、もし盗人だったとしても助けるべきものだろうか? やはり同じことだ。もし人殺しだったとしても助けるべきものだろうか? やはり同じことだ。聖者だからというので助けるべきだろうか? やはり同じことだ。」

 しかし彼を修道院にとどめるというのは、いかに困難な問題であったか! それでもほとんど夢にみるようなその仕事の前にも、フォーシュルヴァンはたじろぎはしなかった。ピカルディーのあわれな一百姓である彼は、献身と善意とまたこんどは任侠(にんきょう)な目的のためにめぐらされる古い田舎者(いなかもの)の多少の知恵とのほか、何らの梯子(はしご)も持たずに、修道院の難関と聖ベネディクトの規則の荒い懸崖(けんがい)とを、乗り越してみようと企てたのである。フォーシュルヴァン爺(じい)さんは生涯(しょうがい)の間利己主義者であったが、晩年になると跛者にはなるし身体はきかなくなるし、もう世間に何の興味もなくなり、恩を感ずることが楽しくなり、また何かいい行ないをなすべき場合に出会うと、あたかも、かつて味わったこともない上等の一杯の葡萄酒(ぶどうしゅ)に死ぬ間ぎわになって手を触れて、それを貪(むさぼ)り飲む人のように、そこに飛びついてゆくのであった。その上、修道院の中で既に数年間呼吸してきた空気は、彼の個性を滅却さして、ついに何らかのいい行ないをせざるを得ないようにしてしまったのである。

 で彼は決心をした、マドレーヌ氏に身をささげようと。

 われわれは今彼をピカルディーのあわれな百姓と呼んだ。この形容詞は正当なものではあるが、しかしそれだけでは不十分である。この物語もここまで進んでくると、フォーシュルヴァン爺さんの人がらを少しく述べることも有益になってくる。いったい彼は百姓であったが、公証人書記をしていたことがあった。そのために、彼の知恵には多少の訴訟癖が加わり、彼の素朴さには多少の洞察力(どうさつりょく)が加わった。ところが種々な理由で仕事に失敗して、公証人書記から荷車屋となり人夫とまでなり下がった。けれども、必要だと思えば馬をののしったり鞭(むち)を食わしたりしてはいたものの、なお彼のうちには公証人書記の性質が残っていた。彼は生まれながらの機知を持っていた。仮名づかいをも知っていた。田舎には珍しいほど話も上手だった。他の百姓どもは彼のことを、「あの男は旦那方のような言葉つきをする」と言っていた。フォーシュルヴァンは実際、十八世紀の煩雑(はんざつ)軽薄な言葉でいわゆる半都会人半田舎者というあの階級、お邸(やしき)から百姓家の方までひろがっていって平民どもの取って置きのたとえ言葉となってるものでいわゆる半平民半市民、胡椒(こしょう)と塩というあの階級、それに属していたのである。彼は運命にひどく苦しめられ弱らされており、すり切れたあわれな老耄(おいぼれ)の魂とはなっていたけれども、まだやはりきびきびした自発的な人間であった。これは人を決して悪人となさない尊い性質である。彼は欠点や悪徳も持ってはいたが、それは表面的なものだった。要するに彼の人相は、よく見るとはなはだ愛すべきものであった。その年老いた顔には、悪質か愚昧(ぐまい)かを示すあの上額のいやな皺(しわ)は少しもついていなかった。

 夜明け頃に、フォーシュルヴァンは途方もない夢をみて目をさました。見ると、マドレーヌ氏は藁束(わらたば)の上にすわって、眠ってるコゼットをながめていた。フォーシュルヴァンは半身を起こして言った。

「さて、あなたは今ここにいなさるが、どうして改めてはいる工夫をしたものでしょうかな。」

 その言葉は一言にして事情を言い尽したもので、ジャン・ヴァルジャンを夢想から呼びさました。

 二人の老人は相談をはじめた。

「まず、」とフォーシュルヴァンは言った、「この室から外に出ないようにしなければいけません。子供もあなたも二人とも。一足でも庭に出たら、もうおしまいです。」

「なるほど。」

「マドレーヌさん、」とフォーシュルヴァンはまた言った、「あなたはいい時に、というのは悪い時においででした。一人の修道女がひどく病気なんです。それでこちらはあまり注意されていませんでしょう。もう死にかかってるのかもわかりません。四十時間の祈祷(きとう)がされています。家中が大騒ぎをしています。皆その方に気を取られています。死にかかってる人は聖者なんです。いや実はここではみな聖者です。あの人たちと私との違いと言えばただ、あの人たちは私どもの部屋と言うのに、私は私の小屋と言うくらいのものです。死にかかると祈祷がありますし、死ぬとまた祈祷があるんです。で今日(きょう)だけはまずここにいて安心でしょうが、明日(あす)のところはわかりませんよ。」

「だが、」とジャン・ヴァルジャンは注意した、「この小屋は壁の陰になってるし、あの廃(すた)れた家に隠されてるし、木立ちもあるので、修道院から見えはすまい。」

「そのうえ修道女たちはここへは決してやってきません。」

「それで?」とジャン・ヴァルジャンは言った。

 それで? というその疑問の調子は、「ここに隠れていることができるだろう」という意味だった。フォーシュルヴァンはその疑問の調子に答えた。

「それでも娘たちがいます。」

「娘たちというのは?」とジャン・ヴァルジャンは尋ねた。

 フォーシュルヴァンがそれを説明するために口を開いた時に、鐘が一つ鳴った。

「修道女が死にました。」と彼は言った。「あれが喪の鐘です。」

 そして彼はジャン・ヴァルジャンに耳を澄ますように合い図をした。

 鐘はまた一つ鳴った。

「マドレーヌさん、喪の鐘です。一分おきに鳴って、身体が会堂から運び出されるまで二十四時間続きます。……ところで、それが遊戯をします。休みの間に毬(まり)でも一つころがってこようものなら、禁じられてはいますが、皆ここへやってきます。この辺をやたらにさがし回るんです。その天の使いたちは、それはいたずらな悪魔ですよ。」

「だれのことだ?」とジャン・ヴァルジャンは尋ねた。

「娘たちですよ。あなたはすぐに見つかるでしょうよ。娘たちは大きな声を出します、まあ男の人が! って。ですが今日は大丈夫です。今日は休みがありません。一日中祈祷(きとう)があるはずです。鐘が聞こえるでしょう。私が申したとおり一分に一つずつです。喪の鐘です。」

「わかった、フォーシュルヴァンさん。寄宿者の生徒たちがいるんだね。」

 そしてジャン・ヴァルジャンはひそかに考えた。

「コゼットの教育もこれでできるだろう。」

 フォーシュルヴァンは力をこめて言った。

「そうです、娘たちがいるんですよ。あなたのまわりに騒ぎ出します。駆けていきます。ここでは、男がいることは疫病神(やくびょうがみ)がいるようなものです。ごらんのとおり、猛獣かなんぞのように私の膝(ひざ)にもこうして鈴をつけておくんです。」

 ジャン・ヴァルジャンはますます深く考え込んだ。「この修道院のおかげでわれわれは助かるだろう」とつぶやいた。それから彼は声をあげた。

「そうだ、困難なのはここにとどまることだ。」

「いえ、」とフォーシュルヴァンは言った、「出ることが困難なんです。」

 ジャン・ヴァルジャンは全身の血が心臓に集まってくるように感じた。

「出るのが?」

「そうですよ、マドレーヌさん、ここにはいるにはまず出なければなりません。」

 そして、喪の鐘がまた一つ鳴るのを待って、フォーシュルヴァンは続けた。

「こんなふうでここにいるわけにはいきません。どこからきなすったかというのが問題になりますよ。私はあなたを知ってますから、天から落ちてきたでよろしいですが、修道女たちにとっては、門からはいってこなければいけませんからな。」

 その時突然、別な鐘のかなり複雑な音が聞こえた。

「あああれは、」とフォーシュルヴァンは言った、「声の母たちを呼ぶ鐘です。集会へ行くんです。だれかが死ぬと、いつも集会があります。今の人は夜明けに死にました。死ぬのはたいてい夜明けなんです。がとにかくあなたは、はいってきた所から出て行くわけにはいきませんか。これはこと更お尋ねするわけではありませんよ、ただはいってきた所から出て行くわけには?」

 ジャン・ヴァルジャンは青くなった。あの恐ろしい街路へまた出て行くことは、考えただけでもぞっとした。虎(とら)がいっぱいいる森から出て、やっと外にのがれたかと思うと、またそこにはいってゆけと勧められたようなものだった。まだその一郭には警察の者らがうようよしている、警官は見張りをしているし、番兵は至る所に立っているし、恐ろしい拳(こぶし)は彼の襟首(えりくび)をねらっているし、ジャヴェルもおそらく四つ辻(つじ)の片すみに待ち受けているだろう、そうジャン・ヴァルジャンは想像していた。

「それはできない!」と彼は言った。「フォーシュルヴァン爺(じい)さん、まあ私は天から落ちてきたとしておいてもらいたい。」

「ええ私はそう思ってます、そう思ってますとも。」とフォーシュルヴァンは言った。「そんなことはおっしゃらなくともよろしいですよ。神様はあなたをそばでよく見ようと思って手に取り上げて、それからまた下へおろされたのでしょう。ただあなたを男の修道院の中へおろそうとして、まちがえられたんです。それ、また鐘が鳴ります。門番へ合い図の鐘です。門番は役所へ行って、検死の医者をよこすように頼むんです。それは人が死んだ時にきまってやることです。修道女たちは医者が来るのをあまり好(す)きません。医者という者は少しも信仰のないものですから。医者は面紗(かおぎぬ)をはずしたり、時とすると他の所までめくります。それにしてもこんどは大変早く医者を呼びますが、どうしたんでしょう。あああなたのお児さんはまだ眠っていますね。何とおっしゃるんですか。」

「コゼット。」

「あなたの娘さんですか。まあ言わば、あなたはその祖父(おじい)さんとでも?」

「そうだ。」

「娘さんの方は、ここから出るのはわけはありません。中庭に私の通用門があるんです。たたけば門番があけてくれます。負いかごを背負って娘さんを中に入れて、そして出ます。フォーシュルヴァン爺(じい)さんが負いかごをかついで出かける、ちっとも不思議なことじゃありません。娘さんには静かにしてるように言っといて下さればよろしいです。上に覆(おお)いをしておきます。シュマン・ヴェール街に果物屋(くだものや)をしてる婆さんで私がよく知ってる者がありますから、いつでもそこに預けることにしましょう。聾でして、小さな寝床も一つあります。私の姪(めい)だが、明日(あした)まで預っていてくれ、と耳にどなってやりましょう。そしてまた娘さんはあなたといっしょにここにはいってくるようにしたらいいでしょう。私はあなたがたがここにはいれるように工夫します。ぜひともそうします。ですが、どうしてまずあなたは出たものでしょう。」

 ジャン・ヴァルジャンは頭を振った。

「私は人に見られてはいけないのだ。それが一番大事な点だ、フォーシュルヴァンさん。コゼットのようにかごにはいって覆(おお)いをして出られる方法はないものだろうか。」

 フォーシュルヴァンは左手の中指で耳朶(みみたぶ)をかいた。非常に困まったことを示す動作だった。

 その時第三の鐘が鳴って頭を他に向けさした。

「あれは検死の医者をいよいよ迎いにゆく合い図です。」とフォーシュルヴァンは言った。「医者は死人を見てから、死んでいる、よろしい、と言うんです。天国への通行券に医者が署名しますと、葬儀屋が棺をよこします。長老だと長老たちが、普通の修道女だと修道女たちが、死体を棺に納めます。それから私が釘(くぎ)を打つんです。それは庭番の仕事の一つになっています。庭番は墓掘り人の用までするんです。棺は会堂の低い室に入れられます。室は、往来に続いていまして、検死の医者のほかはだれも男ははいることができません。もっとも人夫どもだの私などは人数のうちにははいりませんからな。私が棺に釘を打つのはその室の中でです。そして人夫どもが棺を取りにきて、馬に鞭(むち)をあてて行ってしまいます。そういうふうにして天国に行くんですよ、空(から)の箱を持ってきて、それに何かを入れて持って行くんです。そういうのが葬式です。デ・プロフォンディスです。」(訳者注 深き淵よりわれは主よなんじを呼ばわりぬ、という死者の祈りの句)

 ま横から低くさしてくる太陽の光が、コゼットの顔に当たっていた。眠っている彼女は、ぼんやりと口を少し開いていて、光を吸ってる天使のようだった。ジャン・ヴァルジャンはその顔をながめはじめていた。彼はもうフォーシュルヴァンの言うことに耳を傾けていなかった。

 耳を傾けられていないことは口をつぐむ理由とはならない。善良な老庭番は、静かにくどくどと話を続けた。

「墓穴はヴォージラールの墓地に掘るんです。何でもその墓地はまもなく廃止になるということです。古い墓地でして、規定外のものだとか、規則に合わないとかで、取り払われるんだそうです。困まったものですよ。至って便利ですがね。そこには私の知ってる者が一人います。メティエンヌ爺(じい)さんと言って、墓掘りです。ここの修道女たちは特別に許されていまして、夜になってからその墓地に運ばれるんです。彼女たちのために特別な市庁の許可があるんです。ですがまあ昨日から何といろいろなことが起こったことでしょう! クリュシフィクシオン長老は死なれるし、それにマドレーヌさんまでが……。」

「葬られたのだね。」とジャン・ヴァルジャンは悲しげにほほえんで言った。

 フォーシュルヴァンはその言葉じりを取り上げた。

「なるほど、すっかりここにはいってしまわれたら、全く葬られたことになりますな。」

 四番目の鐘の音が響いてきた。フォーシュルヴァンは急に鈴のついた膝当(ひざあて)を釘(くぎ)から取りおろして、それを膝(ひざ)にはめた。

「こんどは私の番です。院長さんが私を呼んでいます。どれ一走り行ってきます。マドレーヌさん、ここを動いてはいけませんよ。待っていて下さい。何かまた工夫もつきましょうから。腹がすきましたら、あすこに葡萄酒(ぶどうしゅ)もパンもチーズもありますよ。」

 そして彼は小屋を出ながら言った、「ただ今参ります、ただ今!」

 ジャン・ヴァルジャンは彼の姿を見送った。彼はその跛の足でできる限り急いで、横目で瓜畑(うりばたけ)の方を見ながら庭を横ぎって行った。

 それから十分とたたないうちに、フォーシュルヴァン爺(じい)さんは鈴の音で修道女らを追い散らしながら進んでいって、一つの扉(とびら)を軽くたたいた。静かな声が中から答えた、「永遠に、永遠に、」すなわち「おはいり」と。

 その扉は、用のある時庭番を呼ぶことになってる応接室の扉だった。その応接室は集会の室(へや)に続いていた。修道院長は室の中にあるただ一つの椅子(いす)に腰掛けて、フォーシュルヴァンを待っていた。




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